ピケティの警告(「21世紀の資本」とクリーニング)

フランスの経済学者、トマ・ピケティ氏の著書「21世紀の資本」が大きな話題となっている。格差論を初めて明らかにしたこの著書は、クリーニング業界に照らし合わせるとどのように解釈できるのだろうか?

 

将来、格差は広がる

 トマ・ピケティ氏に関しては、自著「21世紀の資本」によって今や引っ張りだこの人気である。この経済学者は、今まであまり注目されず、データも不十分だった「格差論」を歴史的なデータに基づいて示し、15年もの歳月をかけて、世界の税務データを収集した。これにより、富める者と貧しい者の「格差」が具体的に示され、世界的な格差社会の現実が世間に知られる結果となった。ピケティ教授は1月29日に来日、東京大学で講演し、大変な評判だった。

 ピケティ教授はこの600ページに及ぶ長編著書の中で、今後、格差はますます広がるとし、これを是正するため、富裕層への累進課税を提唱している。

 格差是正をとなえているのなら、マルクス主義者ではないかとも思えるが、そうではなく、現実の問題として格差をとらえている。勿論、この主張には賛否両論があり、必ずしも多くの経済学者から賛同を得ているわけではないが、世界的な経済不安が広がる中、今世界で最も注目を浴びる人物であることに間違いはない。

 

格差とクリーニング

 ピケティ教授は、世界的に格差はますます広がっていくという。富める者と貧しい者の差がどんどん広がっていく社会は、私たちクリーニング業者にどのような影響を与えるだろうか?

 一つには、クリーニング需要は下落するだろう。日本のクリーニング需要が世界で一番多い理由は、戦後の社会が諸外国と比較して平等だったからである。ニュークリーナーズでおなじみの住連木氏に言わせれば、日本は世界で唯一、クリーニングの大衆化に成功した国であるという。かつてはお金持ちのみが利用していたクリーニングは、生産技術の向上、低価格化によって、庶民にも手が届く身近なサービス産業となった。このため、クリーニング店は急増、日本はクリーニング大国となったのである。

 厳然とした差別世界であった欧米と比較し、戦後の日本は左翼勢力の台頭や、「庶民宰相」と呼ばれた田中角栄総理大臣などの登場にも影響され、諸外国よりは平等な社会が広がっていた。平社員と社長の給料差が世界一少ない国ともいわれたが、それが高度成長社会を生み、結果としてクリーニング需要にもつながったのである。

 しかし、格差が広がれば、低所得者層からクリーニング場慣れがおき、次第にクリーニング需要は落ちていく。クリーニングはある意味平等社会の象徴であり、格差は敵でもある。ピケティ教授の予想する将来の格差社会は、私たちにとっては望ましくない世界である。

 

20世紀は格差が小さかった時代

 ピケティ教授に反論する人々の中には、昔はそんなに格差があったわけではなく、現在がたまたま格差が広がっているだけだという意見もある。資本主義が広範囲に拡充した現代は格差社会の絶頂であり、庶民の不満が広まると、格差は是正されるかも知れないというのである。

 しかしピケティ教授によれば、産業革命どころか、大昔から格差は存在していたとし、20世紀、とりわけ二度の世界大戦があった時代の前後は、長い歴史の中で、たまたま格差が小さかったに過ぎないのだという。インフレや急激な経済成長により、格差が拡大することを恐れた政府が意図的に経済に介入した結果だというのだ。

 ピケティ教授は日本滞在中にも、「21世紀中に格差は19世紀に近い水準にまで広がるだろう。グローバル化の進む中で格差を是正するためには、累進課税を世界で一律に適用することが考えられる。その結果、富裕層がタックスヘイブン(租税回避地)で税金逃れをするのを防ぎ、情報を透明化すべき」と主張した。世界的な是正策を講じないと、格差は致命的に広がるというのである。

 これは、クリーニング業者には興味深い話だ。ドライクリーニングが日本に伝来したのは20世紀初頭の頃。それ以降の時代は、たまたま格差が小さかった時代だということは、日本のクリーニング業界は偶然にもそういうラッキーな時代に拡大し、大衆に浸透したことになる。となると、今日のクリーニング需要下落は、格差社会の広がりと明らかに反比例しており、今後の不安を感じるばかりだ。

 

クリーニング係数を

 安倍首相は「景気は回復している」というが、クリーニング業界には明らかにそれは届いていない。格差社会の拡大により、クリーニング需要が激減する・・・この様な世界が訪れては困るが、それは世界中のどこの国でも事情は同じである。中東では突如登場したイスラム国によって社会秩序が大きく乱されているが、危険極まりないこの様な集団に、世界中から若者が飛び込んでいる。これは、格差社会に不満を感じ、未来に絶望した若い世代が、別な価値観を持つ世界への逃避を試みているのに他ならない。「夢も希望もない社会」は望ましくない。ピケティ教授が評価されているのには、その様なわけがある。

 最新の「クリーニングに関する消費者意識と経営実態調査」によれば、日本では現在でも8割の人々がクリーニングを多かれ少なかれ利用するという。これが台湾に行けばわずか3割となる。日本は世界で最も多くの人々がクリーニング店に訪れる国なのだ。

 クリーニングをより多く利用する・・・これは、一つにはより清潔な国民であることを示し、次には平等であることを示していると思う。最下層の人々はクリーニング代を捻出することが難しい。おしゃれ着、外出着を持っているからクリーニングが利用されるのだ。その様に考えれば、クリーニングを多く利用する国は、より平等であるともいえる。エンゲル係数は生活費の中に占める食費の比率が低いほど富裕であることを示すが、もしも「クリーニング係数」があるなら、それは数値が高いほど平等であるといえる。格差社会が深刻化した現在、業界で力を入れ、「クリーニング係数」を広めていってはいかがだろうか?クリーニング需要喚起の起爆剤となるかも知れない。

 このように、クリーニング需要は国の平等指数を示すと考えられる一方で、私たちクリーニング業者は、非正規雇用の従業員を多く雇っているのも事実である。ある意味これは避けられない運命ではあるが、そうならば、せめて雇用する従業員達は大切に扱っていくべきだろう。最近、大手クリーニング業者の労働基準法違反がマスコミを騒がせ、サービス残業の実態が告発され、クリーニングにもブラック企業が登場したと報じられたが、この業界で働く人たちがひどい扱いであってはたまらない。格差社会が広がらないよう、この業界の雇用を守っていくべきだろう。人々の平等の象徴がクリーニングであって欲しい。