”賤業”といわれるクリーニング
私は現在、祖父の代から続くクリーニング会社を経営している三代目である。
祖父は1920年にこの商売を始め、時代の追い風に乗って大成功を収めた。父はその後を継ぎ、高度経済成長期の波に乗って事業を拡大させた。
会社が大きくなるにつれ、父は新しく導入した洗濯機や乾燥機などの機械について私に説明してくれた。そのたびに、私は会社の成長を肌で感じた。父は商工会議所など地元の関係団体でいろいろ役職を担う人物であり、私は経営者とはそういう人間なのだと自然に思って育った。
祖父も父も健在の中で生まれ育った私は、何不自由なく生活し、家業であるクリーニング業を素晴らしい仕事だと信じていた。1985年に入社し、1996年に社長を継承した。
しかし、実際に自分が経営者の立場になってみると、クリーニング業が世間でほとんど評価されていない現実に直面した。何というか、社会的地位が非常に低いのである。「賤業(せんぎょう)」という言葉さえ耳にしたこともある。若い頃には、「クリーニング屋では良い嫁はもらえない」といった侮蔑的な言葉まで聞かされ、私は世間とのギャップに驚いた。
さらに、同業者たちの現実にも落胆した。誠実な人間ばかりではなく、違法行為に手を染めたり、陰湿な嫌がらせを繰り返すような業者も少なからず存在していた。日本のクリーニング業界は長らく価格競争が続き、その中で熾烈な市場の奪い合いが頻発するが、その中で芳しくない行為が常態化していったようだ。
2008年、私の商圏に業界3位の大手クリーニング会社が進出してきた。不安に思い調査を進めたところ、その会社は会津若松市に建築基準法違反の工場を建てていた。さらに調べを進めると、全国に24カ所もの違法工場を稼働させていることが判明した。この会社の急成長の背景には、違法行為が深く関わっていたのである。
私は証拠を集め、朝日新聞に情報提供した結果、この件は全国紙に掲載され、大きく報道された。だが問題はこの一社にとどまらなかった。実は業界全体の7〜8割のクリーニング所が、法令違反の状態で営業していたのだ。これは業界内で「公然の秘密」とされており、まるで「赤信号、みんなで渡れば怖くない」と言わんばかりに、モラルを無視した集団が形成されていたのである。この問題は各マスコミも取り上げ、日本中に広がっていったが、違法操業の業者の中には、改善するどころか、「よくもバラしたな」、「仕事ができなくなったらどうするんだ」などと私を逆恨みするような業者たちまで現れた。
クリーニングに関する問題はこれだけではない。多くの業者が顧客から根拠のない「しみ抜き料金」を徴収していたり、大手業者の多くが行っている「保管クリーニング」も、実態は保管していないケースが大半である。繁忙期の仕事を閑散期に回すだけの、まやかしのサービスに過ぎない。こうした事例は氷山の一角にすぎず、日本のクリーニング業界では、違法行為やモラル違反が日常的にまかり通っているのが現状である。
クリーニング業界が“賤業”と見なされる理由は、決して仕事そのものが卑しいからではない。むしろ、業界人の品性が低く、恥ずべき行為を平然と行っていることに起因しているのではないかと思っている。
もちろん、かつては違っていた。1980年代までは、クリーニング業界の社長たちは地元の名士であり、地域活動にも積極的に参加していた。しかし1990年代に入ると、違法行為を厭わない業者が次々に台頭し、真面目な企業を市場から駆逐していった。まさに「悪貨は良貨を駆逐する」という状況が、現実のものとなったのである。この時代に日本中で郊外に次々と店舗展開したスーパーなど大型小売店の多くは、なぜか「ブラック企業」の悪名高い業者を選んで出店させたのも、業界のモラルが低下した大きな要因であるともいえる。
とはいえ、クリーニング業そのものは本来、社会的に重要な役割を果たす職業である。
2011年の東日本大震災の際、避難所にいた人々はまず「洗濯をしたい」と訴えた。私たちはボランティアとしてそのニーズに応え、洗濯を代行した。人間は、特に下着などの衣類を何日も着続けることはできない。コインランドリーも無料で開放した。私たちの仕事が、社会のインフラとして欠かせない存在であることを実感し、誇りに思った。
しかし、それだけに業界人のモラルの低さは残念でならない。政治や行政もこうした現状を知っていながら、あえて目をつぶっている。政治家たちは、業界で唯一政治連盟を持つ「全ク連(全国クリーニング生活衛生同業組合連合会)」の意見しか聞かず、その結果、零細業者の情報しか行政には届かない。零細業者の多くは従業員を雇用していないため、業界で発生する労働問題が表面化しにくい構造となっている。加えて、厚生労働省は自らの天下り先である「生活衛生営業指導センター」の維持を最優先とし、業界の根本的な問題に目を向けようとしない。
私はこうした業界の姿に深く失望している。文中にある建築基準法違反は、日本のクリーニング業者を代表する事例であると思う。本来違法行為である、「商業地、住宅地でこっそり引火性溶剤を使用する」が当たり前に行われる背景には、それを行うクリーニング御者達に、「どうせ、オレたちは“賤業”をやっているから」という、ある意味開き直りに近い感情があるのではないかと思っている。また、政治家や行政が違法行為を取り締まらないのは、「あいつらは“賤業”だから」という侮蔑の感情があるようにも思う。