ソルカンドライに関して

ソルカンドライに関して

 

 2013年5月30日、参議院の環境委員会で共産党・市田議員からクリーニングのソルカンドライに関する質問が出た。これに関してはクリーニングの歴史と合わせ、説明してみようと思う。クリーニング業界と、温室効果ガスに ついて語る人は皆無。業界の隠蔽体質のすごさを物語っている。ここは私がすべてを語りたいと思う。

 市田議員の発言はこちら

 

ドライクリーニング溶剤の歴史

 人間が着用する衣料品には、衛生上の観点から洗濯の必要性が生まれた。当初は水による洗浄が紀元前から行われていたら、純毛、絹、綿、麻などの天延素材に関しては、洗濯によって縮むとの問題があった。19世紀、油に よって洗う方法が偶然発見され、ドライクリーニングの歴史が始まったとされる。

  揮発性の油によるドライクリーニングは明治時代以降、日本にも伝わり、全国各地に広がったが、昭和40年頃、金属洗浄の世界からテトラクロロエチレンによ るドライクリーニングが広まり、この頃から業界入りした大手業者が導入してすぐに広まった。テトラクロロエチレンは洗浄力が高く、石油系溶剤の弱点である 火災の危険もないことから人気があったが、後に毒性が強く、発ガン性の疑いが出たことから少しずつ使用が減った。

 

CFCの普及と禁止

 1980年頃、液化フロンガス(CFC)によるドライクリーニ ングが広まった。フロン(CFC)は沸点が40度程度と低く、熱によってモヘア、アンゴラ、カシミアなどデリケートな衣料品の素材を痛めないため、日本の 多様な衣料品の素材に適した溶剤として人気が高まった。一時は「夢の溶剤」という人もいるくらい人気が高かった。CFCは洗濯機も高かったので大きなクリーニング工場と取次店をたくさん持つ大手業者使用がほとんどだった。

 しかし、フロンガスはオゾン層を破壊することがわかり、急速に規制が強まって使用できなくなった。それでもこの溶剤を指示するクリーニング業者はいて、それが後に「ソルカンドライ」と呼ばれる代替フロンにつながっていく。

  ただ、昔から使用されていた石油系溶剤は価格が安く、いろいろな素材の衣料品を洗え、洗剤や前処理剤(洗う前に医療品の汚れている箇所に付け、汚れ落ちを 良くする薬品)も豊富だったので、業界の主流はやはりこの石油系溶剤だった。その傾向は、テトラクロロエチレンやCFCの使用が制限されていくことにより 一層高くなった。

 

ソルカン混合溶剤の登場

 1990年代、フロンによるクリーニングを指示する業者は少数派ではあったが間違いなく存在し、そういう業者達は法的には認められる、代替フロンであるHFC365mfc(ソルカンドライ)を使用したドライクリーニングを目指した。 しかし、この溶剤は汚れ落ちが悪く、引火性がゼロではないという弱点があった。そこで、この頃主導的な役割を果たしたフロン関連の機械業者は他の溶剤を混 ぜるなどして洗浄力の強化を図った。この時期、そういうソルカン混合溶剤の機種は、大阪の先進的なクリーニング機械業者が一社で進めていた。(この時代には、後に問題となる温室効果などはまだ誰もわからなかったし、全く話題にもならなかった。)

 

パッケージプラントの流行

 ちょうどこの頃、クリーニング業界には「パッケージプラント」 という営業方法が流行した。街中に小規模な店舗兼クリーニング工場を建て、そこの店舗で集める洗濯物の他に、廻りに数軒の店舗を作り、その作業もさせれ ば、一番利益性が高いというのである。これは確かにその通りだった。

この頃より、郊外型のスーパーやショッピングセンターが猛烈な勢いで全国にオープンし、そこには必ずクリーニングコーナーが付随して存在した。パッケージプラントがあり、そこへテナント店舗が5~10軒程度あれば、 非常に利益性の高い運営ができる。近年ではこの方法が最も収益性が高い。ことに、スーパーなどの小売店は、「11時お預かり、5時お渡し」の様に、早く仕上がるクリーニング業者を選んでテナントに迎え入れた。この点でもおおよそ街中に工場があり、すぐに店舗にデリバリーできるパッケージプラントは歓迎され る傾向にあった。

 街中にクリーニング工場を建てる場合、建築基準法の用途制限に よって石油系溶剤の使用はできない。人が大勢集まるところで火災が起きたら危険であるからだ。そうなると、法的には引火性のない代替フロンの溶剤によるド ライクリーニングが選ばれることになる。そうでなければ違法行為になってしまう。そういう意味ではソルカン溶剤は非引火性で合法である。そうなると、この 方法が石油系よりも費用がかかったとしても、より顧客への便宜を図ることができ、喜ばれる。当時、小売店として勢いのあった一つの会社は中規模のスーパー を全国各地に建設、そこにソルカン混合溶剤を使用する工場のクリーニング取次店を併設し、展開した。もし、他のスーパーもこれに習えば、この様な形態の工 場が増えていたかも知れなかっただろう。しかし、この小売店は2001年に瓦解、この計画は進まなかった。

 こういうソルカン混合溶剤が普及する中、わずかながらソルカンドライ(HFC365mfc)のみを使用する洗濯機が登場してきた。その方が幾分経済的だったこともある。しかし、スーパーとコラボして展開する混合溶剤の前には、全く少数派だった。

 

悪質クリーニング業者の登場=石油系溶剤の不正使用

 この様にして普及すると思われたソルカン混合溶剤やソルカンドライには、価格が高いという弱点があった。コストの上では問題があるのだ。石油系溶剤にすればいいのだが、住宅地や商業地で使用するのは建築基準法が禁じている。

 しかし、クリーニング業界にはこういう法律違反を平気で犯す輩がいる。パッケージプラントを石油系溶剤で行い、違法な商業地域、住宅地域に建築する業者が登場したのである。

石 油系溶剤によるパッケージプラントはもっとも利益性の高い方法だが、建設するのが商業地、住宅地なら紛れもない法律違反である。しかしながら、建設事務所 は最初の確認にしか調査に来ないし、新築物件でなければ保健所へ届けるだけで済む。これなら、行政にはばれずに進出できる・・・こんなアンダーグラウンド な手法が業界に裏ノウハウとして伝わり、各業者は違法行為に手を染めていった。特に、クリーニング業界は価格競争が激しいので、コストが安く済むならちょっとくらい法律を犯しても・・・と考える業者が多かった。

  ゴマカシ方もだんだん狡猾になっていく。最初の頃は、行政に対して石油系ではない、別の溶剤(非引火性のテトラクロロエチレンか代替フロン)を申請し、調 査の時にはその機械を設置し、後で機械屋に頼んで入れ替える手法があったが、後には最初から石油系のドライクリーニング洗濯機を入れ、現実には使用しない非引火性の溶剤の一斗缶を3,4個並べておいてごまかすことが横行した。こんな不正が大っぴらに行われた背景には、厚生労働省認可の業界団体、全ク連が全 く機能せず、彼らも組合員に多くの違反業者を抱えていたことも関係している。ある意味、建築基準法違反は業界ぐるみだったのである。

  かくして、平成5年頃以降はクリーニング業界での建築基準法違反は当たり前となり、不正を続けた業者ほど儲かるという邪悪の歴史が繰り広げられた。業界地図は塗り替えられ、業界一位の清廉潔白な白洋舎は別格として、不正を最もたくさん行った業者が第二位、第三位になった。不正行為の多い順から儲かる。日本のクリーニング界は、西部劇張りの無法地帯となったのである。

 

建築基準法違反発覚

しかし、そんな不正が法治国家の日本でいつまでも続くわけがない。

2009年7月11日、朝日新聞を始め新聞各紙は、山形県に本社を持つ 全国三位のクリーニング業者が、建築基準法違反で摘発されたことを報じた。この会社は東日本のほぼ全域にクリーニング業界で一番儲かる方法をいわれた 「パッケージプラント」を展開し、どんどん業績を伸ばしていた。それまでタラタラしていた各地の行政も、大新聞の報道によっていきなり動きだし、この会社 は20数軒の意図的な違反が発覚して行政から改善指導された。

  クリーニング業界において、違反はこの会社だけではなかった。多くの業者が「行政をだます」という方法に手を染めていたのである。昔から操業する個人業者 はたまたま移転したり家を改築したりして悪意のない違反となった気の毒な事例がほとんどだが、従業員が百人以上もいる会社でこんな法律がわからないわけがない。建築基準法違反は業界のタブーになっていたのである。つまり、業界全体が毒されていたのだ。クリーニングは厚生労働省が管轄し、直轄する全ク連(全 国クリーニング生活衛生同業組合連合会)という団体もあるが、多くの業者が違反状態であるという現実を見て見ぬふりしてきたとしか思えない。「知らなかった」というなら、監督不行届である。

 同年12月、今度は業界二位という業者が三位の業者と全く同じ手口で違反行為を行っていたことで摘発された。これらの業者は同じようなグループに属していた。これにより、国土交通省は全国のクリーニング所を調査すると発表し、業界が震撼した。

2010年9月、国土交通省はクリーニングの建築基準法違反は50.2%と発表したが、最初の不正業者の発覚から国土交通省の調査まで半年が過ぎており、その間に「改善」した業者は多かった。実際は7,8割の業者が違反だったのだといわれている。(建築基準法問題に関してはこちらが詳しいです)

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業界二位と三位の摘発を伝える朝日新聞の紙面。クリーニング業界は不正だらけだった。

 

 ソルカンドライへの転向

  クリーニング業界に衝撃が走った。石油系溶剤は使えない。かといってテトラクロロエチレンは土壌汚染や発ガン性の恐れなど別の問題がある。そこで、唯一の逃げ道はソルカンドライ。各業者は争うようにしてソルカンド ライを導入しようとした。これは、行政からの指導というよりも、取引先(スーパーなどの小売店)から違法な操業をしていたことを指摘されるのを恐れたため だろう。違法操業では契約を切られるかも知れない。大手クリーニング業者にとっては、それが最も重要な問題なのだ。

最初に大規模な違法行為を摘発された業者は即座にソルカンドラ イへの転換を宣言した。これに伴い、他の違反業者もみなそれに習った。また、クリーニング機械大手はこのときとばかりソルカンドライ洗濯機を量産して販売 した。以前よりわずかに生産していた業者ばかりか、別の大手業者も生産を開始した。彼らにとってはこれが商売のチャンスと思ったのだろう。今まで違反行為 を繰り返してきた、悪質といえる業者のため、彼らはどんどんソルカンドライ洗濯機を作っていった。

  後に、ソルカンドライ洗濯機がやたら故障し、冷却装置の故障によりソルカンが大気中に気化するという事故が多発したというが、それは、このときにメーカー が粗製濫造し、ちゃんとしていない機械が市場に出回ったのではないかとも思われる。この点でもクリーニング業界は、環境に対する配慮が足りない。

しかし、ソルカンドライは紛れもない温室効果ガス。クリーニング業界にはそういう正体を伝えることなく、石油系溶剤が使用できないことでの「救世主」として伝わっている。資材業者、機械業者はそれに目を付け、ここはチャンスと売りまくろうとしている。

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2010年3月、建築基準法違反発覚を受け、次々と量産されるソルカンドライの洗濯機。メーカーは商機と見た。

 

ソルカンドライの悪宣伝

 ところが最初に摘発されたクリーニング業者は、不正行為を大っ ぴらにやっていたのに開き直り、行政指導でソルカンドライに転換されたことなど無視し、「環境にやさしい溶剤」、「次世代の都市型溶剤」、「超高級ホテル でも使用」などと宣伝した。温室効果ガスが環境にやさしいはずはない。紛れもない事実誤認である。自らの不正行為への非難をも宣伝にするのには呆れてものもいえない。特に、一番不正を行い、行政に虚偽申請を繰り返したクリーニング業者が、行政指導されてソルカンドライに入れ替えさせられた途端、「環境にやさしい」などと宣伝したのには、不正をする業者はどこまで厚顔無恥なのかと感じさせる。

  不正業者の開き直りはこの程度ではとどまらない。今度はソルカンドライの洗濯機を販売する業者と結託、多くの業者が建築基準法違反状態で心配しているのを 狙い、この機械を売り込もうとした。ソルカン・セミナーなどという建築基準法違反業者向けのセミナーが行われ、機械業者も展示会で派手に宣伝している。

 また、どういうわけか厚生労働省が管轄する全ク連まで、このソルカンドライに関し、導入した業者に減税措置を開始。これには大変驚いたが、これは結局、業界の建築基準法違反があまりにもひどかったため、少しでも逃げ道を作ろうという方策だったようだ。

 「ソルカンドライ」などというクリーニング業者専用の言葉は、実は温室効果ガスである正体を隠すためのものだったのかも知れない。

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展示会で派手に売られるHFC365mfc(ソルカンドライ)。この展示会で最も力を入れて販売されていた。2012年12月の展示会にて。

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最初に摘発された違反クリーニング業者がHFC365mfc溶剤を「環境にやさしい」と宣伝する店頭ポスター。法律違反で行政指導された業者とは思えない宣伝ぶりである。

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温室効果ガスに「エコ溶剤」などと見出しを付ける新聞記事。こういう業者は大新聞だって騙す!?

 

ソルカンドライは温室効果ガス

 クリーニング業界では、これに頼るしかないということで使用が急増しているソルカンドライだが、実はこれは地球温暖化係数が二酸化炭素の910倍という温室効果ガス。先に使用、製造が停止されたCFC、フロンがオゾン層を破壊するのなら、この代替フロンはオゾン層には影響を与えないものの、地球を温暖化させるのである。一般にHFC(代替フロン)は温室効果ガスであるが、クリーニング業界ではそういう問題については一切触れず、「ソルカンドライ」という業界用語のみで語られている。実際、温室効果ガスである正体を知らないクリーニング業者も多いと思われる。

  最初に摘発された業者がソルカンドライを「環境にやさしい」と宣伝したことで、機械メーカーもそれに便乗し、同様な宣伝を行って機械の販売を促進した。更に両者は手を組み、「ソルカン・セミナー」などを行って建築基準法違反で困っているクリーニング業者の弱みにつけ込み、この温室効果ガスを売り込もうとし た。結局、クリーニング業界に温室効果ガスが広まったのは、こういった摘発業者と機械業者の動きによるものであり、それに業界団体の全ク連まで呼応したのは、いかにクリーニング業界が、建築基準法違反が多かったかの表れである。

  このように、ソルカンドライ問題に関しては、本来は「街中でクリーニングができる」という利点のもと、法律に触れない合法的なドライ溶剤であったソルカン ドライが、不正に石油系溶剤を使用していた法律違反の業者達の「逃げ場」となり、建築基準法違反業者によって「環境にやさしい」といわれているのには驚か される。使う人によってものは変わる。善意の製品が悪意のものに変化したのだ。

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機械メーカーの宣伝。やはり「環境にやさしい」を強調。

 

環境団体の抗議

 言うまでもなくソルカンドライは温室効果ガス。2012年9月、環境団体はクリーニング業界で広がるソルカンドライに 対し、温室効果ガスであるとの声明文を発表、業界内に広く配布したが、クリーニング業界はそろってこの声明文を無視、知らないフリをした。クリーニング業 界の負の結束力にはビックリした。自分たちは「やましい」存在だと思っているのだろうか?これは建築基準法違反問題のときにも見られた傾向で、クリーニン グ業界の異常な閉鎖性をかいま見る思いである。

  いろいろな人物にこのソルカンドライについて聞いてみたが、「まだそんなに使われているわけではない」、「他の業界の方がたくさん使っている」、「(他の溶剤である)石油系だって環境に悪い」など、業界弁護ばかりが語られる。これは、先の建築基準法問題のときと同じである。

 ソルカンドライはHFC365mfcというが、こういう溶剤をドライクリーニングに使用する国は日本しかない。日本独自の溶剤であるといえる。そういう実態も、この業界にはほとんど伝わっていない。ある意味業界内に情報統制が行われており、業界組織に不利な情報は伝わらないシステムができあがっているのである。

  ただ、すべてそんな不条理が通用するわけがない。福島県では5月25日に行われた総会により、ソルカンドライに対する反対決議がされた。業界に蔓延してい た建築基準法の違反も、会津若松市で発覚している(ならぬものはならぬ、という人もいる)福島県は全国に先駆け、環境問題ととらえて反対しているのだ。

  5月30日、市田議員の発言により、クリーニングのソルカンドライ問題は初めて一般社会にさらされることになった。建築基準法違反を繰り返し、地球温暖化を巻き起こして儲ける反社会的なクリーニング業者に振り回されてはたまらない。クリーニング業界が正常化されるよう、願ってやまない。

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環境団体の声明文

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5月25日の総会でソルカンドライに対して反対の意志を示す福島県組合。もはや日本クリーニング業界の最先端である。

 

要約

1,ドライクリーニングはもともと引火性の石油系溶剤で始まった。

2,80年代頃、CFC(フロン)をドライクリーニング溶剤に使用し、普及したが、オゾン層破壊のため使えなくなった。

3,一番利益性の高い営業方法としてパッケージプラント形式が流行し、非引火性のHFC(代替フロン)溶剤が注目された。

4,悪意のある業者の一団が石油系溶剤を違法使用し、そっちの方が主流になってしまった(不正が当たり前となった)。

5,不正な業者が調子に乗りすぎて違法を繰り返し、摘発され行政指導された。石油系は街中で使えなくなった。

6,違反状態の業者は非引火性のソルカンドライ(HFC365mfc)に取り替え、ソルカンドライの使用が急増した。

7,不正な業者はソルカンドライが温室効果ガスなのに「環境にやさしい」などと吹聴し、違反行為をしていたことを挽回しようとした。

8,厚生労働省認可の全ク連がなぜか不正業者の側に肩入れし、ソルカンドライへの転向に減税措置を付けて奨励した。

9,環境団体などが共同で声明文を発表し、温室効果ガスの使用をやめるよう促した。

10、クリーニング業界が環境団体の呼びかけを無視。

11,市田参議院議員が国会でクリーニング業界のHFC問題(ソルカンドライ)を追究。石原環境大臣が「検討していかなければならない課題」と答える。