孫悟空(昭和34年)

孫悟空(1959年)

 

 昭和15年に発表された「エノケンの孫悟空」は榎本健一の熱演と、とても戦前の映画とは思えないハイ・ブロウさ(金透雲がプロ飛行機だったり、金角・銀角が科学者だったり)とで、円谷英二代表作の一つに数えられると思うが、本作はそれから約20年後、同じ監督(山本嘉次郎)が同じ特撮技術者(円谷英二)と組んで作られた作品である。

 昭和15年版は作品の素晴らしさもあり大ヒットしたが、娯楽映画を軽蔑される時代背景もあり「日本映画界の恥辱」などと罵倒されたりもした。戦後14年が過ぎ、同じ題材のこの映画ではどのような展開を見せてくれるだろうか?前作がとにかく傑作だっただけに、非常に楽しみにしてCSでの放送を待っていたものだ。

 実はこの作品、私にとっての「まだ見ぬ円谷作品」の一つだった。円谷英二は、同じテー マで作品を作る場合、必ず前作にはなかったヒネリを加える。マンネリを何よりも嫌った英二である。あれだけ傑作だった前作に加え、何をしてくれるのだろう か?という期待を持たずにはいられないのである。

 

 映画冒頭は、キャストの紹介のバックに中国のお面が登場する。やや安直な背景だが、中国らしさを演出するというわけだろうか。

 ドラマはまず意表をついて江戸時代の紙芝居の話として始まる。これが映画開始後6分まで続く。徳川無声の紙芝居屋が、江戸時代の子供たちに中国の唐の時代の話として語りかけるのである。

 唐の時代に起こった疫病、災害などを防ぐために、天竺に三蔵法師を使わす。この映画の中で三蔵法師は13歳の子供である。だが、行くては治安の悪い地域である。そこで武人(藤田進)が守護をかってでるが、壮烈な戦いの末、盗賊たちにお供の者もろとも全員殺されてしまう。この場面は昭和15年版では全く映像にしておらず、早くもここで前作との違いが出てくる。

 やがて孫悟空と出会い、三蔵法師は悟空を岩場から救い出し弟子にする。猪八戒登場場面では孫悟空が猪八戒の狙う女性に化けたりして新機軸を見せる。沙悟浄役は中村是好で、昭和15年版では金角を演じていた俳優だ。冷徹な科学者の金角を演じた中村は、本作では年配の沙悟浄となって奮闘する。

 孫悟空の三木のり平は、喜劇役者としてのこの大役に張り切って臨んでいる。常にがなるような大声で話し続け、情熱が伝わってくるかのようだ。やがて金角、銀角、それに銅角まで登場して対決が始まる。金角役は当時の喜劇俳優トップクラスだった由利通。東北弁の金角である。三木のり平と由利通のトップ喜劇役者対決は見応えがあり、本作のハイライトとなっている。

 だが、活劇もここだけである。困難を乗り越え、インドが見えた一行は安堵の表情を浮かべるが、映画はここまで。唐突にドラマが終了する。かなりあっけない印象がある。前作に感激した私から見れば、物語が途中で終わるような物足りなさを感じる。

 

 この作品はあくまで子供向けに作られている節があり、背景の山なども漫画調の絵が映し出されたりする。紙芝居の中のドラマというわけだが、それでいて英二流の特撮が登場する場面もあり、作品の中を、紙芝居のようなチャチな映像と、本格的な特撮が交錯する。といってもそう特撮場面が多いわけではなく、映画としては低予算作品という印象だ。子供向けの教育的な色は前作を踏襲し、三蔵法師が「殺生はいかん。」と孫悟空をいさめる場面も同じである。女性の狂言回しが出てくるところも同様で、前作ではめがねの小学生くらいの女の子、今回は団礼子である。全編に歌が流れ、オペラ的な展開をするのも同じだが、本作では前半にそういう場面が集中し、いささか不徹底であるという印象も残す。

 

 というわけで期待していた割には・・・という作品だったが、それでもまあ、三木のり平の熱演が見れただけでも良かった。普段、そんなに張り切った役のない俳優がバリバリ頑張ると、異様な迫力が出るものである。「キングコング対ゴジラ」の有島一郎などがその例である。

 昭和34年頃は日本映画界の観客動員数もピークで、英二の特撮に寄せられる期待は大きかったはずである。同年には「日本誕生」、「宇宙大戦争」といった大作が封切りになっているだけに英二もそちらに時間がとられたのだろう。子供向けの内容である本作のような作品は、本来は英二が好きそうな題材であるだけに、ちょっと残念ではある。

 

 円谷英二が映画界入りした頃、英二が入社した(させられた)天然色活動写真株式会社では、英二最初の師匠である枝正義郎が、やはり孫悟空を題材とした作品を撮影していた。孫悟空は何度も何度も映画化、ドラマ化され、日本人が子供の頃に必ず一度は見るものとなっていたのである(最近はそうでもないが・・・)。

 孫悟空を演じることは、俳優、とりわけ喜劇俳優にとってのステイタスとなっていたのではないか。榎本健一(エノケン)に始まり、本作の三木のり平、その後の堺正章、志村けんらがそれぞれの時代の孫悟空を演じ、子供たちを喜ばせてきた。現代ならば、さしずめダウンタウンの浜田だろうか。ずっと子供たちに親しまれるよう、現代にもこの作品が作られるといいと思う。