建築基準法問題顛末記① 報道されないと動かない行政

建築基準法問題顛末記① 

建築基準法違反摘発にいたるまで 報道されないと動かない行政

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 私はクリーニング業界では、業界の秘密で話すこともタブーとされていたクリーニング所の建築基準法違反問題をバラした張本人ということになっている。最初の業者が摘発されたのは2009年だからもう10数年も前のことになる。法律に違反すること自体悪いことだが、業界内であまりにも違法操業が多いと、それを世間に知らせた人が悪いとなるらしい。

 しかしクリーニングの建築基準法問題には、ほとんど知られていないことがある。こういった問題がどのように推移したか、どういうきっかけでそうなったとかは、おそらく誰も知らないと思うので、この建築基準法違反問題について何回かにわけて説明したいと思う。おそらく当事者にも興味深い内容になるだろう。

 

クリーニングの建築基準法問題

 改めてクリーニングの建築基準法問題を説明する。クリーニング業者がドライクリーニング溶剤(水で洗えない素材に使用し、水の代わりに衣料を洗う溶剤)として使用するのはほとんどが引火性の石油系溶剤である。これは火がつくと爆発的に燃え上がり危険なので建築基準法により工業地でのみ使用が可能で、商業地、住宅地では使用できない。

 1980年代から人の集まる商業地、住宅地に工場兼店舗を作ると利益性の高いクリーニング店になる(ユニットショップとかパッケージプラントと呼ばれた)ことがわかった。商業地、住宅地では石油系溶剤は使用できないため、フロン系の溶剤などが使用されたが、価格が高いので、こっそり石油系に交換する業者が出てきた。そういう違法な行為に一人、一人と手を染め、やがて7,8割が違法操業する(摘発された会社社長の話)ようになった。

 2009年、大手二社が行政に虚偽申請して次々と違法工場を開設していたことが発覚、国土交通省は全クリーニング所を調査したが、半分以上が違法と発表された。

 クリーニング業界は順法精神が極めて希薄であり、他の業者もやっている、じゃあ、オレもいいだろうと安直に不正に手を出す業者が多い。建築基準法違反はそういったクリーニング業者の悪癖を代表する問題である。一部の悪質な業者が手を染めたとかではなく、厚生労働省が認可するような団体が組織的に行っていた不正であり、これは業界全体の問題である。

 

摘発のきっかけ

 2008年頃、クリーニング大手某社が会津若松にクリーニング工場を立ち上げたとき、その場所が商業地域であることがわかり、これは違反ではないかという話になった。建築基準法には、何をするかによって指定された用途地域があり、それによるとクリーニング工場の大半が使用している引火性の石油系溶剤は工業地でのみ使用できることになっている。そうなるとこの会社の会津工場は違法操業していることになる。

 商圏にだんだん進出してくる大手某社。しかし、工場が違法操業しているとはどういうことだろうか?詳しい同業者に聞くと、この会社はあちこちの商業地、住宅地に工場兼店舗を稼働し、不正な利益を得ているということだった。不正が会社発展の原動力だったのだ。

 私は大手某社の不正な建築基準法違反を追求することに決めた。2008年の秋だった。

 

違法操業の証明に難航

 違法操業を摘発するには、その証拠をつかまえなければならない。そこでまずは会津若松市の建築指導課に行き、あれは違法ではないかと問いただした。その工場は以前からあった建物を居抜きで使用しているので確認申請などはいらない。しかし商業地なので石油系溶剤を使用していれば違法となる。

 すると、意外な回答があった。この工場は特殊な燃えない溶剤を使用しているから合法なのだという。そんなものがあるわけがないから、これは行政をだましているのである。しかし、行政はなかなか譲らない。

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行政から情報公開によって入手した文書。燃えない溶剤を使用していると書かれている。

 仕方がないから何とか外から工場を撮影しようとした。工場の中で石油系溶剤を使用するドライクリーニングの機械があればそれで証明になる。隣の建物が取引先だったのでそこにカメラを設置し、証拠を撮影しようとした。しかし、冬だったため工場は窓が閉められ、なかなか証拠はつかまえられなかった。親戚の電器店に頼んで買ったブルーレイのビデオカメラは用をなさなかった。

 そこで次に資材業者に頼んだ。取引があると思われる資材業者に、あの工場は石油系溶剤を使用しているだろうと聞いた。ドライクリーニングにはおよそ三種類の溶剤があり、石油系溶剤の他はパークと呼ばれる塩素系溶剤があり、フロン系の溶剤もある。それぞれ洗濯機も使用する洗剤も違うから、それを収めているとわかればそれで証拠になる。しかし、資材屋の口はどこも固く、石油系を使用してますよとはいってくれなかった。石油系溶剤自体を収めている会社とも話をしたが、「そんなことをしたら、クリーニング業者がほとんど違反になってしまいますよ」と言われた。私はその言葉の意味がこの時点ではわからなかった。

 クリーニング店に石油系溶剤を収める会社は、石油系溶剤を積んだローリー車が各地域を訪れ、クリーニング工場に溶剤をつぎ足していく。石油系溶剤を販売する会社はほとんど限られているので、ローリー車を追いかければ問題の工場に石油系溶剤を収めている状況がわかるはずだ。

 そこで、当社会津工場の従業員にローリー車を追いかけさせたが、結局大手某社の工場には寄らず、あちこち廻ってそのまま帰った。ここでも証拠をつかめなかった。この問題の初期にはこのように難航した。

 

動かない行政

 そこで、その地の建築指導課を再び訪ね、業者が説明しているような「燃えない溶剤」は現実には誰も使用していないこと、そのような溶剤を使用することは現実的ではないこと、その会社の他の工場にも建築基準法違反の工場がたくさんあることなどを説明し、行政に再度の調査を依頼した。

 ところが、行政は「見たが問題はなかった」と合法であると主張。私は彼らが嘘をついているのだと話したが、「私たちは相手がそう言うならそれを信用するしかない」という。おまけに、この話をずっとしていた地元紙の記者も、「行政に聞いたが、問題はないと言っていた。それこそあなたの同業他社に対する誹謗中傷ではないか」とまで言われた。正直腹が立った。地方紙の取材力のなさに呆れた。

 

「燃えない溶剤」を製造販売する会社に連絡

 そこで、大手某社が「燃えない溶剤」と主張する溶剤を製造販売する会社に連絡し、そのようなものがあるのかと聞いた。電話に出た担当者は、「あ、それなら、この溶剤の一斗缶を3,4個並べておけば、検査は通りますよ」と答えた。この溶剤は建築基準法違反をごまかすための道具だというのである。これは録音されており、これを全国紙の新聞記者に聞かせ、記者は動き出した。この業者は結果的に摘発への重要な役割を果たした。

 「燃えない溶剤」は、ごまかすために製造されたのではなく、何か特殊な目的で洗うために開発された溶剤だったという。しかし、水分を含んでいるので鉄製の機械だとさびてしまい通常の石油系ドライ洗濯機は使用できない。オールステンレスの機種で使用するしかないが、それがかなり割高になってしまうものだった。ほとんど使用されず、本来の使用用途とは逆に行政を欺くための道具になってしまったようだ。

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  これがその燃えない溶剤の一斗缶

グレーの容器

 建築基準法違反をなんとか暴きたい私の様子を見て、地元の燃料会社が手伝ってくれた。この人は大手某社会津工場にわざと営業に行き、うちから燃料を買いませんかと持ちかけた。出てきた社員は「本社は他県にあり、ここでは何も決められない」と当然の対応をしてきた。この人は業界の人ではないので、石油系ドライ機などはわかるはずはないが、「工場の中を見たが、何か、グレーの容器がたくさんあった。中には何か液体が入っているようだった」と重要な情報を得てくれた。

 その後、当社会津工場の担当者がこの工場へ洗濯物を出しに行き、そのグレーの容器の正体を見つけ、映像を撮ってきた。その容器の荷札には、大手某社の仙台工場の名前、住所、電話番号が書かれていた。

 要するに、石油系溶剤を通常の方法(ローリー車で注ぎに来る)で充填すると石油系溶剤を使用していることがばれてしまうため、他の工場から専用の容器を使って郵送していたのである。隠蔽工作を行っていたということは、後に溶剤販売会社の所長に新聞記者が問い詰めて事実がわかった。

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工場入り口に置いてあったグレーの入れ物

ガステック

 さらに有力な情報が出てきた。私は地元の専門家に「衣料品に残留した微量の石油系溶剤を検知する道具のようなものはないか」と尋ねたところ、ガステックという道具を提案された。

 ガステックは注射器のような形状をしており、注射器だと針の部分に検知したい物質の検知管をセットし、検知したい部分に検知管の先を押しつけて吸い取るようにレバーを引くと、もしその物質が存在すれば色が出てくるというものだった。私はこのガステック本体と石油系溶剤を検知する検知管を購入した。

 新聞記者立ち会いの下、担当者が工場に厚手のコートを出し、即日仕上げを頼んで戻ってきた品の肩パット部分に検知管の先を当てレバーを引くと見事に色が変わった。これで石油系溶剤を使用しているという有力な証拠がそろった。新聞記者は大手某社に取材した。

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ガステック本体

行政が動く

 2009年7月11日、新聞各紙は大手某社の建築基準法違反を一斉に報道、事実が明るみに出た。こうして建築基準法違反は発覚した。朝日新聞は社会面トップで扱い、他社は共同通信社からの配信だった。

 2009年の7月11日は土曜日で、役所は休みだった。13日の月曜になると各県の建築指導課は一斉に動き出し、大手某社が各地で展開していたクリーニング工場の建築基準法違反を暴いた。最初は「言われたら信じるしかない」といっておいて、新聞に書かれると動き出す・・・行政とはそんなものだった。

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 このずっと後で、親しい同業者から、建築基準法違反を摘発するのはいいが、マスコミではなく、行政にいうべきではなかったのか。その方が被害が大きくなくて済む(業界全体にこの問題が広がらないという意味)のではなかったのか、といわれた。

 ここに書いたとおり、行政は説明しただけでは全く動かない。そういうものである。マスコミに頼むしかない。行政に話しただけで物事は解決すると思ったら大間違いである

 また、業界全体に広がろうと広がらなかろうと、それは知ったことではない。不正は不正であり改めるべきである。